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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)2572号 判決 1975年12月24日

原告 芝商事株式会社

被告 寺沢市郎こと寺沢逸亮

主文

被告は原告に対し、金一五九万円及びこれに対する昭和四九年一月二九日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二二四万六五五〇円及びこれに対する昭和四九年一月二九日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張する事実

一  請求原因

1  (原告が商人であること)

原告は、不動産の売買・仲介・斡旋等を業とする会社である。

2  (別紙目録一記載の土地建物の売却の仲介)

(1)  被告は、原告を仲介人として、昭和四八年七月一九日、訴外樋口行雄に対し別紙目録一記載の土地建物を代金五一〇〇万円で売却した。

(2) (イ) これに先立ち、被告は原告に対し、右の仲介料として金一五九万円を支払う旨約した。

(ロ) (イ)が認められないとしても、原告は商人であるから、右仲介につき被告に対し相当額である右同額の仲介料請求権を有する。

3  (別紙目録二記載の土地建物の買受の仲介)

(1) (イ) 被告は、同年七月二〇日ころ、原告に対し、被告の居住の用に供する土地建物の買受の仲介方を委託し、原告はこれを承諾した。

(ロ) 原告は商人であるから、その仲介によつて土地建物買受契約が成立することを停止条件として、被告に対し相当の仲介料を請求することができる。

(2)  原告は、右委託に基づき、

(イ) 同月二七日、被告に対し、訴外有限会社建興社を売主とする別紙目録二記載の土地建物を紹介し、

(ロ) 同月三〇日には、被告が右土地建物を確実に購入できるように、被告出損にかかる金一〇万円を手付金として、原告において一旦これを右建興社から買い受け、

(ハ) このころ、売買価格を金二一五〇万円とすることにつき被告の同意を得、

かくて同年八月三日ころには、原告の仲介による被告の右土地建物買受契約締結の準備が完了した。

(3) (イ) 被告は、同年八月五日、右建興社から直接右土地建物を代金一九八五万五〇〇〇円で買い受けた。

(ロ) 被告は、右買受にあたり、それによつて原告の仲介による土地建物買受契約の成立が妨げられることを認識していた。

(ハ) 原告は被告に対し、昭和四九年一月二三日被告に到達した内容証明郵便によつて、原告の仲介により右(イ)の買受契約が締結されたものとみなす旨の意思表示をした。

(4)  原告が右仲介につき被告に対し請求しうる仲介料は、金六五万六五五〇円をもつて相当とする。

4  (不法行為、3と選択的に)

被告は、前記3(1) 、(2) のように原告が被告の委託に基づいて仲介に着手し被告の前記土地建物買受の準備を整えたのであるから、このような場合、買受契約の締結からことさらに原告を排除して原告の有する前記3(1) (ロ)の停止条件付仲介料請求権を侵害すべきではない義務を負うに至つたのにもかかわらず、前記3(3) (イ)、(ロ)のように故意に原告を排除して買受契約を締結したことにより、原告の前記建興社に対する金六一万五〇〇〇円の仲介料請求権及び被告に対する金六七万五〇〇〇円の仲介料請求権を失わしめ、よつて原告に対し合計金一二九万円の損害を与えたものである。

5  (催告)

原告は被告に対し、前記3(3) (ハ)の内容証明郵便により、前記仲介料及び損害金を右郵便到達後五日以内に支払うよう催告した。

6  (結論)

よつて、原告は被告に対し、右仲介料合計金二二四万六五五〇円(但し、請求原因3ではなく同4によるときは、内金六五万六五五〇円は損害金の一部として)及びこれに対する前記催告が被告に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和四九年一月二九日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の事実について

(1) は認める。(2) (イ)は否認し、(2) (ロ)中、金一五九万円が相当仲介料額であることは争う。

3  同3の事実について

(1) (イ)は認める。(2) のうち、(イ)は認め、(ロ)は不知、(ハ)は否認する。原告は当初被告に対し右土地建物の価格は金二三〇〇万円であると告げ、その後交渉により金二二〇〇万円まで減額したものの、なお被告の買受予定価格である金二〇〇〇万円よりかなり高かつたため、価格の点で折り合いがつかず、結局契約成立に至らなかつたものである。(3) のうち、(イ)は代金額につき否認し、その余の事実を認める。被告は買受にあたつて訴外朝日住宅株式会社を仲介人とした。買受代金は金二〇五〇万円である。(ハ)は認める。(4) は争う。

4  同4は否認する。

5  同5は認める。

三  抗弁

1  (請求原因2(2) に対し)

原告は、別紙目録一記載の土地建物売却の仲介に際し、被告の仲介料支払義務を免除する旨の意思表示をした。

2  (請求原因3(3) に対し)

被告が原告を排除して前記建興社から別紙目録二記載の土地建物を買い受けたことは、次の事実関係のもとにおいては、信義則に反するものではない。

(イ) 原告は、右建興社が右土地建物を価格金二〇五〇万円で売りに出していたにもかかわらず、被告には価格は金二三〇〇万円であると告げ、後にこれを金二二〇〇万円に減額したものの、被告に対しその取引態様を明示することなく、原告において一旦これを右建興社から代金一九八八万五〇〇〇円で買い受け、被告に金二二〇〇万円で転売することによつて、昭和四五年建設省告示第一五五二号により制限される仲介料額を超える利益を得ようと企てた。

(ロ) 被告は、昭和四八年八月初めころ、偶然、前記朝日住宅において右建興社の右土地建物販売価格が金二〇五〇万円であることを知り、右(イ)の原告の背信的行為に気付いた。

(ハ) そこで、被告は、右朝日住宅を仲介人として右建興社から右土地建物を買い受けることとし、同月五日、買受契約を締結するにあたり、原告の代表取締役である山岡久豊に対し電話でその旨通知し請求原因3(1) (イ)の仲介委託契約を解約する旨の意思表示をなした。

(ニ) 被告は、同年八月二〇日及び九月三〇日、右朝日住宅に対し前記建設省告示にしたがい仲介料合計金六七万五〇〇〇円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  抗弁2について

被告が原告を排除して買受契約を締結したことが信義則に反しないという主張は否認する。(イ)のうち、原告が被告に対し取引態様を明示しなかつたという点は否認し、その余の事実は認める。原告は被告の依頼に基づき、右土地建物が右建興社から第三者に売却されることを防ぐために、右土地建物を自ら買い受けた上これを転売しようとしたものである。また、原告が転売によつて得る差額金二一一万五〇〇〇円の中には、被告の仲介料金六七万五〇〇〇円、右建興社の仲介料金六一万五〇〇〇円のほか、欄間地袋の追加工事費金五〇万円が含まれ、残額金三二万五〇〇〇円は未だ支払のない別紙目録一記載の土地建物売却の仲介料の一部に充当されるべきものであつた。(ロ)は不知。(ハ)は認める。(ニ)は不知。

五  再抗弁

(抗弁1に対し)

原告の被告に対する前記土地建物売却仲介料支払義務の免除は、被告が後日土地建物を買い受けるにあたつて原告をその仲介人とすることを停止条件とするものである。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1については当事者間に争いがない。

二  (別紙目録一記載の土地建物の売却の仲介について)

1  請求原因2(1) については当事者間に争いがない。

同2(2) (イ)は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。もつとも同2(2) (ロ)のうち、原告が商人であることについては前示のとおり当事者間に争いがないから、原告はその仲介によつて被告と訴外樋口の間に右土地建物売買契約を成立させた以上当然に相当額の仲介料請求権を有するというべく、証人渡辺僖秀の証言によれば右仲介料として金一五九万円が相当である(これは売買代金五一〇〇万円に昭和四五年建設省告示第一五五二号の定める基準を適用して算出される最高額にあたる。)と認められる。

2  そこで抗弁1について判断するに、証人渡辺の証言並びに原告代表者及び被告本人の各尋問の結果を総合すれば、右土地建物売却に先立ち、原・被告間において、売却代金のうち金五一〇〇万円を被告の手取分とし、原告は右土地建物が金五一〇〇万円を超える価格で売却された場合にかぎりその超過額を取得する旨の合意が成立した事実を認めることができ、右事実から原告が右超過額を取得しうるかわりに被告の仲介料支払義務を免除した事実を推認することができる。

3  証人渡辺の証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、再抗弁事実を認めることができる。被告本人は右停止条件の存在を否定する供述をしているが、成立に争いがない甲第一号証において仲介料支払文言が抹消されていないことから、右免除が停止条件付になされたものであることが推認されること、及び仲介業者である原告が金五一〇〇万円にも上る本件売買の仲介手数料を無条件で免除することは常識では理解し難いことから、右供述は到底措信することができない。

4  そして、右停止条件が成就したとの主張も立証もない(かえつて、後述のとおり、被告の土地建物買受は原告を除外して行なわれた事実が認められる)本件においては、被告は原告に対し右金一五九万円の仲介料を支払うべき義務を免れないといわなければならない。

三  (別紙目録二記載の土地建物の買受の仲介について)

1  請求原因3(1) (イ)については当事者間に争いがない。

原告は、前示のように商人であるから、商法第五五〇条第一項、同法第五四六条の規定の趣旨及び同法第五一二条により、その仲介によつて被告が土地建物を買い受けることを停止条件として、被告に対し相当の仲介料を請求することができる(請求原因3(1) (ロ))。

2  請求原因3(2) (イ)については当事者間に争いがない。

証人渡辺の証言、これによりその成立を認めうる甲第二号証の八、同第三号証の二、同第四号証の一・二及び原告代表者の尋問の結果によれば、同3(2) (ロ)の事実を認めることができる。同3(2) (ハ)について、証人渡辺は売買価格を金二一五〇万円とすることにつき被告の同意を得た旨供述するのに対し、被告は原告側が当初の金二三〇〇万円から金二二〇〇万円にまで減額したが結局折り合いがつかなかつた旨供述していて喰い違いがみられるが、かりに売買価格につき若干の開きがあつたにせよ、右渡辺の証言、原告代表者尋問の結果及び前記甲第二号証の九、同第三号証の二を総合すれば、遅くとも昭和四八年八月三日ころまでには原告の仲介による(もつとも実際には後に判示するように原告からの転売による)被告の右土地建物買受契約締結直前の状態に達していたと認めるのが相当である。被告の供述中右認定に反する部分はこれを採用しない。

3  請求原因3(3) (イ)について、証人実藤邦稔・同茂木英生の各証言、被告本人尋問の結果及びこれらにより成立を認めうる乙第一・第二号証によれば、被告が同年八月五日、訴外朝日住宅株式会社を仲介人として訴外建興社から右土地建物を代金二〇五〇万円で買い受けた事実を認めることができる。また、弁論の全趣旨に鑑み、被告は同3(3) (ロ)の事実を明らかに争わないものと認められるからこれを自白したものとみなす。同3(3) (ハ)については当事者間に争いがない。

4  そこで抗弁2の各事実につき判断する。

抗弁2(イ)の事実のうち、建興社が右土地建物を金二〇五〇万円で売りに出していたにもかかわらず、原告が当初その販売価格を金二三〇〇万円であると告げたことについては当事者間に争いがない。また、原告が一旦建興社から右土地建物を代金一九八八万五〇〇〇円で買い受け、これを被告に転売しようとした事実(もつともその価額が金二一五〇万円であるか、金二二〇〇万円であるかは、前示のとおり判然としないが)についても当事者間に争いがない。かりに原告が右土地建物を金二一五〇万円で被告に転売したとしても、購入価格と転売価格の差額金一六一万五〇〇〇円は、建興社の仲介料金六一万五〇〇〇円(証人実藤の証言、建興社の売値である金二〇五〇万円から原告の買値である金一九八八万五〇〇〇円を差し引く。)と被告の仲介料金六七万五〇〇〇円(被告が建興社の売値である金二〇五〇万円で買い受けたと仮定し、これに前記建設省告示の基準を適用して許容される最高額の仲介料)との合計額一二九万円よりもかなり多く、そこから欄間地袋の追加工事代金一一万円(証人実藤の証言による。証人渡辺、原告代表者は右追加工事には約金五〇万円が必要である旨供述するが、心証を惹かない。)を差し引いたとしても、なお原告には単なる売買の媒介では得られない約金二〇万円の利得が残る計算となる。原告の転売価格が金二二〇〇万円であれば、右利得は約金七〇万円となる。そして、被告本人尋問の結果によれば、原告が被告に対し右土地建物を転売することを明示していなかつたことを認めることができる。

右認定を覆えすに足りる証拠はない。

同2(ロ)の事実は、被告本人尋問の結果からこれを認めることができる。

同2(ハ)の事実については当事者間に争いがない。

被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる乙第二・第六・第七号証によれば、同2(二)の事実を認めることができる。

5  ところで、民法第一三〇条の法意は、信義則に違反する当事者の責任の加重を実質的根拠とすると考えられるが、このことから、条件の成就によつて利益を受ける当事者に条件が成就したとみなす権利が発生するためには、条件成就によつて不利益を受ける当事者がその行為によつて条件の成就が妨げられることを認識しつつ妨害行為をなしたというだけでは足りず、条件成就の妨害が信義則に反するものであることを必要とすると解さなければならない。もつとも、条件の成就によつて不利益を受ける当事者がその行為によつて条件の成就が妨げられることを認識しつつ妨害行為をなす以上、通常の場合には、右条件成就の妨害が信義則に反するものであることが推認されるから、条件が成就したとみなすことを主張する側としては裁判上条件の成就を妨害した者に右の認識があつたことを主張立証すれば足りるのであるが、相手方において条件成就の妨害が信義則に反しない特段の事情を主張し、その立証に成功した場合には、条件が成就したとみなす権利は発生しなかつたことになると解すべきである。

6  これを本件についてみるに、前示認定のごとく、原告は被告から土地建物買受仲介の委託を受け、被告に対し前記土地建物を紹介したが、その際一旦原告において右土地建物を買い受けこれを被告に転売する方法によることを明らかにせぬまま、売主である建興社の販売価格に大幅な上のせをした額を売値であるように告げ、それによつて宅地建物取引業法第四六条、前記建設省告示が媒介行為につき規定する報酬最高額を上回る利益をあげようとしたものであるが、被告は偶然朝日住宅において右土地建物の売値が原告の告げた価額よりも少なくとも金一〇〇万円以上低廉であることを発見し、原告に対し強い不信感を抱き、前示仲介委託契約を解約したうえ、朝日住宅を仲介人として右土地建物を買い受けたものである。原告は被告に対し取引態様及び建興社の売値を正しく告げず、それにより土地建物売買の媒介によつては得られない利益を得ようとした点において、仲介業者としての誠実義務の完遂に欠けるところがあつたことは否定できない(宅地建物取引業法第三一条、同第三四条、なかんずく第四七条第一号)。

もつとも、現行法上、仲介業者が不動産の買受の仲介を委託された場合、その不動産を自ら一旦買い受けた上これを委託者に転売する形式をとることは必ずしも禁止されておらず、また本件において被告が原告に対し別紙目録一記載の土地建物売却の仲介料を支払つていなかつたことを併せ考えるならば、原告が前記方法により右の未収仲介料を幾分なりとも回収しようとしたこと自体必ずしも不当であるとは言い切れないが、なお、原告としては取引態様及び建興社の売値を明示すべきであつたのであり、これを秘したまま取引を進めたため、偶々右の事情を知つた被告が原告に対し著しい不信感を持つに至つたことは想像に難くないのである。

このような事実関係の下にあつては、被告が原告の仲介による売買契約の締結を拒否したことには無理からぬ面があり、また、被告が朝日住宅に正規の仲介料を支払つている以上、被告に右土地建物買受の仲介料を免れる意図があつたとも認められない。以上を総合すると被告が原告の仲介による売買契約が間もなく成立することを知りつつ、あえて原告を排除し、朝日住宅を仲介人として右土地建物を買い受けたことは信義則に反するものではなく、原告において停止条件が成就したとみなすことはできないといわなければならない。

よつて、請求原因3(4) につき判断するまでもなく、原告は被告の別紙目録二記載の土地建物買受につき仲介料を請求することはできない。

四  (不法行為)

右に判示した本件の事実関係の下においては、被告が原告を排除して売買契約を締結したことに違法性はなく、被告の右行為は不法行為には当たらない。

五  請求原因五の事実については当事者間に争いがない。

六  以上判示のとおり、原告の本訴請求は、右仲介料のうち金一五九万円と、これに対する右催告が被告に到達した日から五日を経過した日の翌日である昭和四九年一月二九日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次)

(別紙)目録<省略>

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